旅する即興ピアニストさっこのブログ

公務員辞めてピアノ弾いて好きなことして生きていく道を模索するさっこのブログです。

公務員から「好きなことして生きる」へ、旅する即興ピアニストさっこの自己紹介

こんにちは! 旅する即興ピアニスト

さっこ/旅する即興ピアニスト - YouTube

のさっこです。

今日は私のことを知って欲しいので、私の生い立ちをまとめました。

かなりボリュームありますが、ぜひ最後まで見てくれたら嬉しい!

 

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本名:麻田 彩記子(あさだ さきこ)/さっこ 25歳 女

秋田県出身。ナマハゲ と きりたんぽ のあるところ。

1993年の2月12日、その冬一番の大雪の中生まれたらしい(母談)。

小さい頃は毎日ピアノを弾いていたのに練習は嫌いで、いつも遊び弾き(要は即興)ばかりして遊んでいた。3歳の頃からピアノとクラシックバレエを習い始め、ピアノだけ今まで続いた。一方のバレエは嫌いで、レッスンでは練習せずに歌ってばかりいて怒られていたらしい。

 

幼稚園の休み時間にはいつもピアノとかオルガンを弾いていて、小学校でも休み時間はやっぱり弾いていて、よく友達から曲のリクエストを受けてドヤ顔で演奏しているというね、

そんなことをしているのが一番楽しかった、自己顕示欲満載の子どもでした(照)

 

闇(病み…?)の時代だった高校卒業までを地元で過ごし、大学進学で新潟へ、

都会で就職したい!というわかりやすい田舎者根性で東京へやってきました。

 

小さい頃から天然石やジュエリーを見ているのが好きだったこともあり、ジュエリーブランドに就職。銀座でジュエリーブランドの店員さんをしていましたが、なんやかんや厳しくて結局1年持たずに退職。

 

その後、試験勉強を経て公務員へ。

しかしここでも違和感を感じて人生に悩み始める…(これがついこの前)

公務員という古い業界特有の考え方や、非効率(?)な業務、そしてもちろん人間関係… etc.

公務員になって半年が経った頃、悩みがピークに達して休みがちになってしまいました…

 

せっかく公務員になったのに。 もうやっと人生安泰だと思ったのに。

どうして私はまたこんなに悩んでるんだろう…

私は本当は何がしたいんだろう…

 

来る日も来る日も、そんなことばかり考える毎日。

 

当時は朝起きられなくなったり、仕事に行こうとするとお腹が痛くなってしまったり、めちゃめちゃ分かりやすく病んでしまい、ついには病院に行くまでの事態になっていたのですが、

 

そんな毎日から抜けだすために、とにかく動こう。

 

そう思った私は自分のしたいことを見極めるために、

デザインの勉強をしてみたり、

プログラミングスクールに(ちょっとだけ)行ってみたり、

転職アプリを使ってベンチャー企業に話を聞きに行きまくったり、

なぜかマッチングアプリをやってみたり(えっ…笑)

 

 

仕事終わりや休日はほぼ上記のような多動状態で、そんなことを3ヶ月ほど続けた頃、

 

やっぱり

自分の好きなことして生きていきたい!

 

と思い、やっぱり好きなことは音楽だから、音楽を発信して生きていきたい!

と思って現在に至ります。

 

 

ホントは一番好きなことは音楽だってわかってたのです。

ずっとずっとわかってたんだけど

 

「好きなことで生きてく!」

 

なんて突拍子もないこと言うタイプじゃないし、

もともとかなり保守的だし、自分に自信ないし、怖いし

他人からどう思われるか気になるし、

 

…等々考えて、自分の素直な気持ちに蓋をして、自分自身を見てみぬふりして生きてきたのです。

 

でも、もうそんな自分の殻に閉じこもって生きてくのは嫌だ

と思い、これからは自分を開放して、自分が楽しいと思うことを好きにやって生きていくことにしました。

 

簡単ですが、私の今までをざっくりまとめるとこんな感じです。 

 

 ここからは、私がピアノを始めたきっかけや、得意な「即興」について、病んでたときの話、どうして「旅する」ピアニストなの?

 

というあたりを詳しく書いていきたいと思います。

 

 

ピアノを始めたきっかけはこの「時計」

 

私がピアノを始めたきっかけは

 

この時計です↓

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ちょっといきなりすぎて意味不明だと思いますので詳しくご説明します。

 

その前になんで時計に値段ついたままなんだよー。¥6800って結構高いし(笑)

残念ながら今はもう動きません(泣

 

 

この置き時計、アラームである曲が流れる時計なのですが、その曲を聴いていた幼き日の私が、当時家にあったキーボードでいきなり 弾いた” というのが私のピアノの始まりらしいです😆特にだれに教えられたわけでもないのに、いきなりの耳コピ

 

えー ちょっとすごくないですか!(自分で言うな)

ちょっとでも我ながらすごいと思っちゃう私なのですが(笑

 

 

 

それを見た母が、

「え、この子ピアノができるんじゃないかしら」と思ってヤマハ音楽教室に連れて行ってもらったのがきっかけで私のピアノがスタートしました。母にほんと感謝。感謝しかない。

 

 

そしてその曲が「オーラ・リー 」(Aura Lee)という曲。

この記事を書くために、改めて弾いてみました。

聞けば、「あーこれね!」てなる曲だと思います。聴いてみてね。

youtu.be

 

 

この記事を書くにあたってですね、もう20年以上も前のことですし、なにしろ私が2歳とか3歳とか、それくらいの頃の出来事なので当然記憶は無いわけです。笑

 

なのでわざわざ実家の母にリサーチしたり写真撮らせたり、

 

はたまたこの時計が本当にオーラリーが流れる時計だったのか

というあたりも判然としなかったので、時計の製造元さま

株式会社芳国産業

にも確認済みという気合の入りようです…(笑) 

私の自己マンにご協力いただいた皆さま、本当に本当にありがとうございました。

 

 

はい、ここだけ見るとただの自慢話みたいですけど、もうここは素直に自慢ですと言ってしまいましょう。笑

この若干天才っぽい(?)エピソード、我ながら結構気に入っちゃってまして ///

なかなかにウザいテンションで申し訳ございませんm(_ _)m

 

それが3歳の頃、そこから紆余曲折あり、長いことピアノを弾かなかった時期もありますが、なんやかんや私の一番の特技として今まで生き残っています。

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↑ 小学校1年生 初めてのちゃんとしたピアノの発表会の写真

これ母の自作ドレスなんですよ!発表会のドレスは全て母作でした。すごくない?

 

 

それからは一応クラシックピアノを習っていたことになるのですが、最初から自分の好きな曲をてきとーに即興で弾くのが好きで、それが今でも変わっていないなあと思ったので、自分を「即興ピアニスト」と名付けました。

 

内心、「即興ピアニスト!」なんてちょっと大げさすぎないかなあ

とは思っているのですが、もうここは開き直りです。

別に嘘はついてないし本当のことだからいいじゃないか!とね。笑

 

 

はい、ここまでが私のピアノをはじめたきっかけについて 

でした。ここまで見てくれた人、本当にありがとう大好きー

 

 

 

特技の即興・耳コピについて

 

基本的に楽譜を見ません。

もちろん小さい頃クラシックピアノを習ってた時は楽譜を見てたのですが、

その時から楽譜を見るのは面倒くさくて嫌いでした(わー怒られそう)

 

ピアノをやってるとどうしても譜読み間違いってあったりするんですが、それを直すのも耳コピでやることが多かったです。CDを聴いて譜読みの間違いを直す感じでした。これ良くないって言われてたんだけどね…笑

 

 

なので私の部屋、楽譜が一切ありません。

実家に行けばたくさんあるんですが、いかんせん狭い賃貸なので

極力ものを置きたくないスタイルなのです。

それで楽譜置かないってのもどうなんだよ…って感じですが

 

もちろん楽譜を見るときもありますし、さすがにクラシックの曲とか「テクニック!」って感じのやつは楽譜見ないと無理です。あと凝ったアレンジとかしようと思ったらやっぱり楽譜書かないと難しいとは思います。頭で覚えとくのは限界ありますしね。なんでも出来るぜ!なんて威張るつもりは更々無いのです。身の程はわきまえております。笑

 

だから 耳コピが至高!とかは微塵も思ってません。

楽譜見ないのはただ単に私がめんどくさがりだからです(笑)

耳コピで即興の方が私にとっては手っ取り早いしお手軽だし、自分が一番得意なスタイルかなーと思っているので、私は基本これでいきます。

 

 

 

 

闇(病み)の時代だった高校時代、他人の目が気になってしょうがない性格へ

 

ここからは少し暗い話になります。

私は高校時代に不登校、 メンタル面の問題を抱えて心療内科通いだったことがあります。そして高校時代の後遺症で、他人からどう思われるか気になって仕方がないというやっかいな性格がついてまわることになります。ここからはその部分について書いていきます。

 

地元の進学校に入った私。

自分で言うのも何だけど一応優等生(風味)で、それまで恋愛やら浮ついたことには無縁の、ただの「真面目でピアノが得意な女の子」という感じだったので、悪い意味で注目されたことがないままに生きてきました。

 

そんな私が入学早々、

恋愛云々のトラブルで、悪い意味で注目されることになります。

抽象的で申し訳ないのですが、簡単に言うと、

あまり付き合っちゃいけないタイプの人と付き合って、そこから逃れられなかった

という感じです。人と付き合うなんて初めてでしたし、恋愛なんて知らなかったし、当時の私はあまりに純粋(笑)だったのです。まあ色々あったんだなと思ってください。

 

コンサバティブな田舎町、当然世間は狭いです。

そこからは完全に人目が怖くて怖くてしょうがない病に陥ります。

半年くらいは完全に家に引きこもり、

朝も起きられず学校にも行けない、朝が来るのが怖い

家族からはどう思われているんだろう と勝手に怖くなり部屋からも出れない、親とも目が合わせられない という日々がありました。

 

その時の私の感覚は、

心のなかに黒い糸くずとか毛糸とかをグシャグシャにまとめたような大きな塊があって

でもそれが何なのかはわからなくて、言葉にすることもできなくて

ただただ布団の中横たわっていることしかできないような

そんな感じでした。そんな時期がありました。

 

この経験から思ったことは、言葉にできないってすごくツラいことだということ。

風邪だったら「私は風邪です」って言えるし、生理痛なら「まじ今日女の子の日!」って言えばいいんです。

でも心の中の黒いグシャグシャは何なのかはわからない、でもツラいっていう。

これってものすごくツラい状況なんです。泣

 

当時は心療内科にも少し通っていました。

明確な診断こそされていないものの、限りなく回避性パーソナリティー障害だったなと思います。

回避性パーソナリティ障害 - Wikipedia

 

診断とかするとめっちゃ当てはまりますし、完全にそれって感じなのです。

今でこそ普通になっていますが、まだ完全には抜けきっていません。私にとってこの性格は長いお付き合いなんだろうなあと思います。そんな私がこうして自分を発信しているのも不思議な感じですが、たぶんもう他人の目に縛られて生きるのに疲れたからなのだと思います。要は吹っ切れたって感じかな。笑

 

私のように他人の目が気になるとか、回避性の性格を抱えているといった方はたくさんいるんじゃないかと思っています。目には見えないけど生き辛さを抱えてる人は沢山いて、これは現代の目に見えない障害だな と思っています。

 

もし私がこうして発信することで、そんな方が少しでも勇気づけられたり、少しでもお役に立てればという思いもありますので、これについては今後別記事でも色々と書いていきたいなと思います。

 

この話題については抽象的なことしか書いていなくて分かりにくかったと思います。

申し訳ないっすm(_ _)m

 

 

不登校期間はあったものの、補講や補講のかいあってなんとかストレートで高校を卒業した私、高校3年間はほぼ全くピアノを弾いてなかったのですが、一応ピアノは弾けた私。

 

とにかく環境を変えなければ!ということと、やっぱり音楽がしたい!という思いはあったので、ピアノの実技を使って地方の音楽科に進学しました。

 

 

バンドに出会った大学時代、そして就活の波へ

大学時代は高校時代と打って変わって、わりかし元気に過ごしました。

軽音サークルに入り、ここで初めてバンドの楽しさを知ります。

そしてシンセサイザーを初めて触ったのもこの時でした。

 

東京事変とかL’Arc~en~Cielとかアニソンとか、誘われるがままにいろんなバンドをやって…

そんなごく普通の楽しい学生生活を送っていました。

 

 

でもそんな人生の夏休みにも、突然それは訪れるのです。

やって来ちゃうんです 就活が。 

 

本当は小さい頃からなんとなく音楽関連の仕事がしたいという思いはあったものの、

「音楽で生きてく!」なんて現実的じゃないとか、「私なんかが…」という思いもあって、やっぱり他人の目が気になって無意識に保守的な方へ動いてしまう私。

 

音大では無いものの、一応音楽科。

学校の音楽の先生になったり、コンサートホールに就職したりと、音楽関連の道に進んだ友達もいました。

 

でも私はなんとなくそれにも違和感を感じていて、

音楽とは全く関係のない、販売のお仕事に就きます。

こう書くと販売職の方にとっても失礼なのですが、自分に自信のなかった私は

販売員くらいしか私の出来ることは無いんじゃないかなんて思いもあったりして…(決して販売職が簡単だとは思っていません。私には全然できないことでしたので…)

 

自分の人生なのに、あまり深く考えずに何となくで決めてしまったのでした。

 

今思えばその当時もっと自分の欲求にちゃんと向き合ってあげてればよかった。

と、そう思うわけです。 

 

そして私の社会人生活が始まります。

 

就職して1年経たずに退職、そして公務員になってまた退職、そして現在に至るまで

 

地方から就活のために夜行バスに乗りまくっていた時期を経て、

とあるジュエリーブランドに就職し、銀座で結婚指輪の販売員になりました。

 

 

小さい頃からジュエリーを見ているのが好きだったので、結局自分の好きなものに関わりたいと思ってジュエリーブランドに就職したのでした。

 

仕事はもちろん、ものすごくやりがいはありました。

これからご結婚されるおふたりが今後一生着けていく(順調ならねっ!笑)指輪を売る仕事なのだから。

 

 でも、美しいものが好き、ジュエリーを見ているのが好き!ということと、

販売員の仕事が好き というのはイコールではないということも学びました。

 

私が他人の目を気にする性格なのに、よりによって接客業を選んでしまったというのも結構なミスで、接客はかなりおどおどしていたと思います…(笑)

 

女性職場でその雰囲気に馴染めなかったことや、やっぱりなんやかんや厳しい職場だったこともあり、

 

私、この仕事をずっと続けていくことはできないよな… と悩み、

 

結局1年ももたずに退職。

新卒で入社した会社をすぐに辞めてしまうような人間だとは思っていなかったので、とにかく自信を失っていました。

 

1年未満で辞めてる友達なんていないのに…私はダメ人間なんだろうか、とか。

 

すぐに仕事を辞める人なんてただ不真面目なだけだ(今は全くそう思ってません)なんて思っていただけに、それに自分がなってしまうなんて…という驚きと絶望とがありました。

 

自信を失ってメンタルがどん底になっていた私は、

とにかく「安定している」(と世間的に言われている)仕事でないと続けることができないだろうなあ という想いもあったので、次の就職先として公務員を選びました。

 

 

そこから公務員試験の勉強期間を経て、無事試験に合格します。

 

ようやっと仕事も私のメンタルも安定できる!

そう思っていた私は、初めの方こそものすごく頑張って、明るく真面目にやっていました。

 

でも半年が過ぎたころから徐々に陰りが見えてきます。

配属された時から実は違和感は感じていました。公務員特有なのか何なのかは分かりませんが、やはり古い考え方や、非効率に思える業務、独特の人間関係など、正直違和感を感じることばかりで、職場にいる間はずっと息ができないと感じていました。

 

こう書くとまためっちゃ最悪の例えなのですが、

旧ソ連時代の拷問で、囚人にひたすら穴を掘らせて、それをまた埋めさせるという拷問があったそうなんですが、それを受けている感覚。

 

つまり自分にとって何の意味も無いことをただ永遠とやらされているような、そんな感覚だったのです。(もちろん全部の仕事がそうなわけじゃないし、批判でもなんでもないですよほんとに!)

 

 

ただ私のような思いで仕事をしている公務員って、実は結構いっぱいいるんじゃないかなあということは感じました。

 

ここで学んだのは、

暗い気持ちの時にした決断って、大体間違っているんだろうということ。

私は新卒で入社した会社をやめる時、とにかく「自分はダメだ」と思っていました。

 

そんなダメな自分でもずっと続けられる仕事でなければ…

という強迫観念にとらわれて、

本当に自分がして楽しいことを考える余裕が全くありませんでした。

 そしてどんどん視野が狭くなって、

「お前は事務員くらいしか出来ることないだろ」

なんて、そんな思考に陥っていったのでした。

 

今だからこそわかることですが、

暗い気持ちになったっていいことなんて一つもない。

自分が楽しいと思えることがたぶん正義だし正解なんだなって思うんです。

 

 

そしてそこからは、自分が本当にしたいことに気づくために、

 

デザインの勉強をしてみたり、

プログラミングスクールに(ちょっとだけ)行ってみたり、

転職アプリを使ってベンチャー企業に話を聞きに行きまくったり、

なぜかマッチングアプリをやってみたり(えっ…笑)

 

仕事終わりや休日はほぼ上記のような多動状態で、そんなことを3ヶ月ほど続けた頃、

 

私のしたいことって実は幼稚園の頃から変わっていないんじゃないかということに気づきました。

 

友達から曲のリクエストを受けてピアノを弾いてるのが好きだった。

結局は場所をネットに移しただけで、したいことは変わっていない。

 

そう思ったんです。

 

これが職業になるのかは全く分かりませんが、

とにかく自分のしたいこと、方向性は分かった。

 

これからは自分の好きなこと、楽しいと思うことをして生きていく道を模索しよう。

そう思いました。

 

そしてつい昨日、3月をもって退職しました。

 

ワクワクするこれからのことについて、

ピアノ旅について

 

やりたいことは沢山あって、でもまだ全然追いついていない状態なのですが

私はピアノを弾くのが好きなので、まずはYouTubeにピアノ動画をたくさんアップしていきます。そして近々顔出しで自己紹介動画もアップしていきたいなと思っています。

 

そしてこのブログも更新していきます。

今までのこと、これからのワクワクする計画についてなど綴りますので、

是非コメント等で反応がいただけたら嬉しいです!

 

これからは無理せず自分をさらけ出して生きていきたいので、

もっと自分を発信していくつもりです。

 

 そして最後に私の名前、

「旅する即興ピアニスト」の「旅する」という部分について。

どうして「旅する」なのかを書かせてください。

 

もちろん人生の旅の真っ只中だから

っていうそれもありますが、それだけじゃありません。

本当に旅がしたいからです。

 

私はかねてから「旅がしたいなあ」と思っていました。

それもピアノを持って「ピアノ旅」がしたいなあと。

 

でもピアノって重いし大きすぎるしとても持ち運べないじゃん…

って思っていたのですが、いいものを見つけたんです!

 

ローランド(Roland)さんが出している持ち運び可能なスピーカー内蔵キーボード。

これをついに買っちゃいました。これについてはまた別の記事で詳しく書いていきます。

 

これを持って旅をしたいです。そして現地から音楽や旅先の様子を動画やブログで発信していきたい。

そしていずれは海外でもピアノ旅がしたいと思っています。

夢はめっちゃでかいのです。

 

まずはやってみないとわからないことだらけなので、実際にピアノ旅をしてみて「やっぱり違ったな」っていうこともあるかもしれません。でも今は面白そうだと思っているので、とにかく自分の興味の赴くままに動いてみます。

 

 

最後にちょっとだけ宣伝ですが、

YouTubeチャンネルをやってます!

www.youtube.com

今はまだ弾いてみた動画しか無いのですが、これから顔出しで自己紹介動画や、旅をするようになったら旅動画も発信していく予定です。曲のリクエストもお待ちしてますので、ぜひチャンネル登録よろしくお願いします!

 

 

ここまで見てくださった方、長い道のりを本当に有難うございました!

応援よろしくお願いします!